「北海道胆振東部地震 厚真震度7 道内全戸停電」マスコミ報道が伝えない道央圏のドキュメント記録
2018年9月6日(木)。深夜3時8分。北海道の道央を中心に広い範囲で地震が起きた。震源近くの厚真町では震度7を観測。北海道で震度7を観測したのは初めてのことだ。国内では2016年の熊本地震以来6例目だそう。40人近い人が死亡・安否が不明になっている。
マスメディアの報道は主に3分野でなされた。
1つ目は震源近く厚真町での土砂崩れと住宅倒壊現場。大規模に「表層崩壊」が起き、あちこちの山で土砂が崩れた。そこに家屋が巻き込まれ、救出活動が行われている現場。
2つ目は札幌市のとある場所。市内清田区里塚地区で発生した「液状化」による地盤陥没の現場だ。傾く住宅。マンホールが突出しアスファルトが陥没した道路、どろに埋まったクルマを映し出す映像が繰り返し流された。
3つ目は北海道全戸での停電による生活への影響分野。地震発生直後から停電。道内全域が停電という未曾有の事態、後に「ブラックアウト」と表現される現象が発生した。交通がまひ。市民生活が大混乱に陥っている。
わたしの自宅は江別市にある。江別市は札幌の隣り、東に約20kmに位置し、震源の厚真からは直線で50kmほど。震度は「5強」だった。地震発生後から約30時間後までのドキュメントと、やったこと今後に活かすヒント。報道されない一記録として記しておきたい。
●3:08 地震発生。カタカタカタカタという部屋の中のものをゆらす音がだんだんと大きくなり、ガタガタゴトゴトとなり起きる。メガネをさがし電気を付けようとするが付かず。PCとゆれる本棚を本能的におさえる。窓越しにピカッピカッと光るショートする閃光が目に入る。なかなかゆれがおさまらず、長く大きい地震だということだけはわかった。
どのくらいの時間だったろうか。ゆれは収まった。まっさきにやったことは、家人の安否。家族LINEでのメッセージだ。「じしんやばい」「停電した」「びっくり」ということばが帰ってきた。離れて住む家族との安否を確認できた。
次に現状を把握しようと、きもちを落ち着かさせた。この時、アウトドアで使う小型のライトが役に立った。室内の被害としては、台所で皿が数枚落ちて割れていた。時計が壊れ、部屋の本などが散乱していた。電気はダメ。ガスはついた。水道は出る。飲み物はペットボトルのお茶が数本ある。炊飯ジャーにお米があったのでおにぎりに。食糧は、パスタにそうめんに缶詰が数個ある。
つとめて冷静になろうと、いつもの朝のようにコーヒーを夫婦で飲み、何が起きているのかについて話しをした。
●3:30 思えば、スマホの電源が入っていなかった。だからあのコワい「緊急地震速報!緊急地震速報!」の“とるんとるん”という警告音がならなかったことを理解する。
→スマホの電源は切らずに寝よう!
●4:00 茫然とうろたえながら、情報収集を開始する。停電なのでテレビはつかない。スマホのラジオアプリ「らじる★らじる」でNHKを立ち上げる。大きな地震が近くで発生したことを知った。同時にTwitterやFacebookの2つのSNSで全体像を知るべくタイムラインを見ていった。
→ラジオが聞けるスマホアプリを入れておこう!
●4:10 息子のLINEやTwitter情報で、断水になる前に「風呂などに水をためておく」というアドバイスがあった。これは後に実に有益な助言だった。飲料用にはもちろん、ちょっとした調理用、トイレを流す時用に使える。
→断水に備えて、水が出るうちに風呂をはじめ、あらゆる鍋などに水をためておこう!
→公式サイトなどは見られないor更新されない、場合がある。その場合でもSNSでは、公式情報がアップされることも多い。Twitterが見られる環境へ!
●4:24 外のようすがあわただしくなってきた。クルマの往来が早朝にしては多かった。近所の人々がコンビニに食糧や水を確保するためだったと思う。近くのローソンは停電していて入店不可だったという。
●4:30 日の出の時刻となり、明るくなってきたので、かたずけを開始する。主に本棚から落ちてきた書籍や備品類だ。きちんと下に重い本を置き、ぎっしりと詰めてあった書棚はほとんど動いていなく、被害も少ない。その逆の書棚は結構動いていて、落下物も多かった。
→書棚には、下から順にきちんと本をつめよう!
●6:00 家人のスマホの電池が残り少なくなった。ピンチ。クルマのシガーソケットから充電できることに気づく。クルマのガソリンは幸い9割ほどが入っていた。充電しながら、ラジオを聞くことができた。家が倒壊しているなど尋常ではない被害状況を徐々に知る。
→クルマからUSBなどでスマホを充電できるようにしておこう!
→ガソリンも常に半分以上は入れておこう!
●6:33 JR・地下鉄・バスなど交通が運休ということを知る。「見通しが立たない」という表現に仕事はできるのだろうか、という不安がよぎる。同時に、小中高の学校が臨時休校になったことを知る。
●7:04 札幌都心のオフィス管理者から「本日は自宅待機で・・・」という連絡がFacebookメッセンジャーで回ってくる。
●7:05 Twitterの検索で、札幌の東区で道路陥没、液状化が起きていることを知る。衝撃的な写真が被害の大きさを物語っていた。
●7:46 北電のアカウントから、北海道内全ての約295万戸で停電が発生していること。「復旧は未定」との情報をキャッチする。
●9:51 近くの給水場となっている小学校へ行ってみる。
グランドの端から端まで、水を求める行列ができていた。STVラジオはCMをすっとばし、コンビニやスーパーで長い行列ができていること。ガソリンスタンドでも同様になっていることを伝えている。現金を降ろせるATMも停電では限られる。そんな役に立つ情報を発信していた。
→スマホでAM・FMラジオがきけるアプリ「ラジコ」を入れておこう!
●12:00 スマホでの情報収集のほか、仕事関係の本を読んだりしてみるも落ちつかず。朝、つくってもらっておいたおにぎりをほおばる。
●13:00 北電の会見で電気の全面復旧には「1週間以上かかる」という見通しにがくぜんとし、長期戦を覚悟する。
同時に、メールで送られてきた連載記事の校正・チェックの仕事をする。スマホでGメールを見られるように設定しており、PDFファイルで送ってもらっているので、スマホだけでこの仕事は完了させることができた。
●13:35 北電の砂川発電所が再稼働したとの知らせを聞く。
●14:25 自宅の電気が復活。テレビを見ることができた! やはり映像の力はすごく、今回の被害の全体像がなんとなく理解できた。以来、ずっとテレビのニュース特番を付けっぱなしにする。(が、しかし、流れている映像はおなじものを使い回していることに気づく)
→報道が流す同じ映像を繰り返し見ないように意識しよう!
●15:54 水が復活。水圧は低いものの、ちょろちょろと水が出るようになる。トイレで大を使う。まさかのウォシュレットが反応せず。大量に紙をつかってしまった。
→水圧の低いうちはまだトイレは使わない!
●18:30 日の入り時刻となり、あたりはすっかり暗くなる。町内の街灯がついていることを確認。LINEやTwitterでは、まだ、停電のところが多いことを知り、電気は節電を心がけた。
●21:40 NHKの「ニュースウォッチ9」を最後に見て、深夜の余震に備える。ベットの足元にはクツを置き、スマホは100%充電。メガネ、小型ライト、現金などをリュックにまとめる。ズボンは履いたまま、電気をつけ、ドアを開けたまま就寝する。
●23:00 1時間おきくらいに、余震を感じる。小刻みにゆれているような感じがした後、ギシッと家全体がうなる。その度にハッと起き、メガネとスマホを握りしめる。身体を起し、備える。大きくはなくホッと安堵。数分後、アプリの「ヤフー天気」をタップし速報を確認。震源地では震度3。わが家では震度1が、都合4回ほど感じた。
●4:30 夜明け。結局、強いゆれは起きず、ほっとして起床する。いつもの朝の儀式コーヒーを落とし、ただならぬ紙面構成の新聞を読んだ。
●8:30 クルマで外出。江別のまちはいつもの風景に近かった。
ただ、道路の片側1車線に長いクルマの列が。その先にはガソリンスタンドがあった。開いているGSにはどこも100台近い行列ができていた。なかには「レギュラー売切れ、軽油のみ」という手書き看板を持って対応しているところもあった。
コンビニは通常営業をしているように外見からは見えた。
信号は江別では9割りほどが点灯している。
JRの踏切りでは、遮断機の棒が撤去されていた。再開にはまだ時間がかかりそうな雰囲気だ。
→お互い、こういう時だからこそゆずりあおう!
まとめたい。
地震はいつ起こるかわからない。大きな地震は起きてしまうと被害は甚大だ。備えあれば憂いなし。これはホントそのとおり。
水・食糧・現金・(スマホ)バッテリー・ガソリン。電気がないと、なにもできないことを今回の停電で思い知らされた。
停電が解消され、断水がもどると、都会では日常に復帰したかのように感じるが、被災地はまだまだこれから。オール北海道で支援していきたい。